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高松高等裁判所 昭和43年(ラ)72号 決定 1969年9月30日

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  申立

抗告代理人は、「原決定を取消す。相手方の本件借地条件変更の申立を棄却する。」との裁判を求め、相手方代理人は主文第一項同旨の裁判を求めた。

二  抗告理由

抗告人主張の本件抗告理由の要旨は次のとおりである。

(一)  抗告人所有の徳島市篭屋町一丁目三四番、宅地九六二・二四平方メートル(二九一坪八勺)を抗告人から賃借したのは訴外赤松重男、同浜田栄一であつて、相手方会社は右土地についてなんらの借地権も有するものではない。このことは、右土地の賃貸借にさいして作成された契約書に右両名のみが借主として表示されているところからみても明らかであるばかりでなく、そもそも相手方会社については商業登記簿上設立登記がなされておらず、ただ、昭和二一年三月四日付でなされた回復登記があるにすぎないのであつて、しかも、右回復登記は虚偽の申請書にもとづいてなされた無効のものであるから、相手方会社は有効に成立した会社とはいえないのである。さらに、相手方会社の定款および本件土地上の建物の保存登記においては、いずれも相手方会社は「徳島市篭屋町一丁目四三番地松田興業有限会社」と表示されているが、右のごとき地番の土地は全く存在しないのであつて(本件土地は三四番である)、この点からも相手方会社は架空の会社というべきである。

(二)  かりに相手方会社が有効に成立した実在の会社であるとしても、同会社は前記赤松、浜田両名から本件土地の賃借権の譲渡を受けたものにすぎず、しかも、右賃借権の譲渡については賃貸人である抗告人の承諾がないから、これをもつて抗告人に対抗することができない。のみならず、右賃借権の譲渡は相手方会社の定款にその記載がないから、有限会社法七条三号の規定により無効というべきである。さらに、かりにそれが有効であるとしても、相手方会社はその存立時期を成立の日から二〇年としていたものであるから、現在すでに解散の段階に入り、いずれ清算手続を結了して法人格を消滅させるはずの法人であるから、借地権の長期存続を前提とする本件申立の資格を欠くものというべきである。もつとも、相手方会社は昭和四〇年一二月一日付をもつて存立時期の規定を廃止する旨の登記をしているけれども、これは、法人格の消滅を条件とする借地権消滅なる効果の発生を、条件の成就を故意に妨げることによつて阻止したものであるから、民法一三〇条により条件が成就したものとみなすべく、これによつて右借地権は消滅するにいたつたものといわなければならない。

(三)  かりに前記三四番の土地について相手方会社が有効にこれを賃借していたものとしても、右土地については、徳島市長施行の土地区画整理事業において仮換地の指定がなされ、かつ、相手方会社は右仮換地上に劇場建物を所有して同仮換地を使用しているものであるが、相手方会社は右賃借権について権利申告の手続をしておらず、したがつて、施行者から仮に使用収益しうべき部分の指定を受けていないから、右仮換地について現実に使用収益する権利を有しないものである。すなわち、相手方会社は現に使用する土地についてなんら保護に値する権利を有しないものというべく、かような者が本件のごとき借地条件変更の申立をなす資格を欠くことは明白である。

(四)  かりに以上の主張が認められないとしても、相手方会社所有の本件劇場建物はすでにある程度の改造を加えられているものであるから、今日これを防火建築に改築しなければならないような緊急の必要はないはずである。のみならず、かりにその必要があるとしても、相手方会社が本件地上に建築をもくろんでいる防火中高層建物は、その一部を賃借する者らの提供する権利金・敷金をもつてその建築費の大部分にあてることになること、借地権の期間が半永久的に長期化することなどを考慮すれば、借地条件の変更の決定に伴う一時給付金の額が一、〇〇〇万円、賃料の額が一ケ月二五万円というのは、社会常識上もいかにも低きに失するというべきである。

三  相手方の反論

相手方代理人の反論は次のとおりである。

(一)  徳島市篭屋町一丁目三四番地、宅地九六二・二四平方メートル(二九一坪八勺)は、当初訴外浜田栄一においてこれを抗告人から賃借していたところ、その後まもなく、訴外赤松重男とともに相手方会社を設立して事業を行なうこととなつたことから、抗告人の承諾を得たうえ、同会社において右地上に映画館建物を建築した。ところがその後、徳島市長施行の土地区画整理事業において、右土地について仮換地の指定がなされるにいたつたので、昭和二三年三月一日あらためて、抗告人と相手方会社との間において、右仮換地を目的とする賃貸借契約が締結されるにいたつたのである。したがつて、本件土地の賃借人はいうまでもなく相手方会社であつて、このことは、その後十数年にわたつて抗告人が相手方会社から賃料を受領している事実に徴しても明らかである。なお、本件土地の賃貸借契約書に借主として相手方会社が表示されておらず、その代表者である浜田栄一、赤松重男両名の個人名が表示されているのは、単に、右両名が法律知識にくらく、契約書の借主名義に深くこだわらなかつたためであるにすぎない。また、相手方会社は昭和二一年三月四日にその設立登記をなしたものであるが、それがいかなる手違いによるものか回復登記として登記簿上記載されるにいたつたのである。しかし、記載の形式はともかくとして、いずれにせよ会社の存在が登記簿によつて公示せられていることにかわりはないのであるから、これによつて相手方会社が有効に成立したことは疑いのないところである。さらに、相手方会社の定款および本件地上建物の保存登記において、相手方会社の所在地の地番の表示が誤つているようであるが、その程度の誤りがあるからといつて、そのために会社の成立そのものが無効になるようなことはありえない。

(二)  本件土地の仮換地について、土地区画整理事業の施行者から相手方会社に対し、仮に使用収益しうべき部分の指定がなされていないとしても、相手方会社は、前記のごとく、右仮換地自体を目的としてこれを抗告人から賃借しているのであるから、抗告人との関係で相手方会社がこれを使用収益しうべき権利を有することは明らかである。

(三)  相手方会社に、本件地上建物を高層の鉄筋コンクリート建堅固建物に改築した暁には、自営による総合遊戯場を経営する予定であつて、これを他に賃貸する心算はない。またかりに他に賃貸するとしても、賃借人の提供する敷金等は右建物の建築費の一部にあてられるにすぎない。のみならず、借地条件の変更に伴う一時金については、徳島市内においてもその慣習がないのであつて、これらの点からすれば、原決定において定められた本件地価の約六パーセントにあたる金一、〇〇〇万円の一時金はなお高きに失すると思われる。

四  当裁判所の判断

よつて検討するに、当裁判所もまた、抗告人と相手方会社との間の本件契約を堅固な建物の所有を目的とするものに変更するとともに、右契約の期間を裁判確定の日から満五〇年と定め、その賃料額を同日の属する月の翌月から一ケ月金二五万円と変更し、かつ、相手方会社より抗告人に対し、金一、〇〇〇万円の一時金の給付を命ずるのが相当であると判断するものであつて、その理由の詳細は、左のとおり付加訂正するほかは、原決定理由中の説示と同一であるから、それをここに引用する。

(一)  原決定三枚目表三行目の「右借……」から同五行目「……らかであり、」までを「同年三月二七日申立人より相手方に対し、内容証明郵便をもつて契約の更新を請求したことが認められるとともに、」と訂正し、同八行目の「ほかはない。」の次に「乙第四号証の一、二および当審での抗告人本人尋問の結果をもつてしても、なお右正当の事由ありと認めるに十分とはいえない。」を挿入する。

(二)  有限会社が本店の所在地において設立の登記をなすことによつて成立するものであることは法の明定するところであるが(有限会社法四条、商法五七条)甲第一〇号証(商業登記簿謄本)によると、相手方会社の目的、商号、資本の総額その他の必要登記事項はいずれも、設立の登記によらないで、昭和二一年三月四日付の回復登記によつて登記されていることが明らかであり、しかも、甲第五〇号証および原審での申立会社代表者浜田栄一本人尋問の結果によると、相手方会社は右回復登記のなされたころに新規に設立された会社であつて、それ以前の時期に設立されたものではない(したがつて、その設立登記を記載した商業登記簿が滅失したような事実もない)ことがうかがわれるのである。そうすると、右回復登記は、本来ならば設立登記をすべきところを、なんらかの経緯により(その経緯については証拠上これを明らかにすることはできない)、故意に、もしくは、誤つてなされたものとみるよりほかはない。そこで、右回復登記によつて相手方会社が有効に成立したものといいうるかどうかについて考えてみるに、有限会社の設立の登記と設立登記の滅失回復登記とは、本来その性質・目的を異にし、申請の手続・要件も異なるものであるから、未だ設立登記がなされていないのにかかわらず設立登記の滅失回復登記を申請してみても、これが受理せらるべきでないことは明らかであろう、しかしながら、設立登記の滅失回復登記の場合も、また、設立登記の場合も、それによつて登記簿上登記されるのは全く同一の事項、すなわち、会社の目的、商号、資本の総額その他有限会社法一三条二項所定の事項にほかならないのであるから、右のごとき場合においても、なんらかの事情で設立登記の滅失回復登記申請が受理されて現実に登記されてしまうと、それによつて会社の存在・内容が公示されるにいたることは本来の設立登記がなされた場合となんら異なるところがないわけであつて、このような点から考えるならば、本件回復登記はその申請の手続においてなんらかの過誤があつたとはいえ、なおこれを無効のものとみることは正当でなく、会社設立の要件である設立登記と同一の公示的機能をはたすものとして、これによつて相手方会社は有効に成立したものと解するのが相当である。

なお、前記甲第一〇号証によると、相手方会社は当初、その存立の時期を会社成立の日より向う満二〇年と定めていたが、昭和四〇年一一月二六日存立時期の規定を廃止し、同一二月一日その登記を了したことが認められるところ、昭和二一年三月四日付でなされた右回復登記によつて相手方会社が成立するにいたつたこと前記のとおりである以上、存立時期満了前になされた右存立時期の規定の廃止が有効であることは当然のことであつて、法律行為の附款としての条件に関する民法一三〇条の規定がこの場合についてその適用をみないことは多言を要しないところである。

(三)  賃借地について仮換地の指定がなされた場合、従前の土地の賃借権者は、仮換地につき施行者から使用収益部分の指定を受けることによつてはじめて当該部分について現実に使用収益をなしうるにいたるのであつて、いまだ指定を受けない段階においては、仮換地について現実に使用収益をなしえないものというべく、この理は、従前の土地の賃借人がたまたま一筆の土地の一部に賃借権を有するにすぎないときであると、一筆の土地の全部に賃借権を有するときであるとで、異なることはないというべきこと、抗告人主張のとおりであるけれども、本件の場合は、相手方会社は従前の土地の賃借権者として仮換地である本件土地について賃借権を有する旨主張しているものではなくて、仮換地である本件土地自体について抗告人との間で賃貸借契約を結んだとして、該契約にもとづく使用収益権を主張しているのであり、かつ、証拠によれば、相手方会社主張のごとく仮換地自体を対象として右のごとき賃貸借契約を締結した事実を認めることができるから、本件土地について権利の申告がなく、したがつて使用収益部分の指定がないからといつて、相手方会社が本件借地条件変更の申立をなしうる適格を有しないとすることはできない。

五  結論

以上のとおりであるとすると、原決定は相当であつて本件抗告はなんら理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

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